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縄文心象ブログ

探求者は荒野を目指す
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武居幸重に聞く(その2)
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    (その2)


     誰しも今の自分の人生を決めたきっかけを過去のどこかに持っているはずだ。そのきっかけに思い当たる人もいれば思い当たらん人もいるだろう。
     わしはこの先何年生きていられるかわからんが、家族まで犠牲にして縄文土器文様の研究に人生の大半を捧げてきた。おそらくこれからも死ぬまで研究を続けるだろう。そんな人生のきっかけは何だったのか。わしはそのきっかけに出会った日のことを今でも鮮明に覚えている。

     昭和36年4月初旬だった。尖石考古館の戸は開いているのに、いつも入ロのわきで机を前に椅子に腰かけている筈の宮坂英弌先生は留守で、わしは入館するのをためらっていた。そのとき初老の紳士に背後から声をかけられたのだ。

     「考古館を見学に来たのですが入ってもよろしいでしょうか。」
     「私も今来たところですが、この館を管理していらっしゃる宮坂先生が見えませんので困ってます。」
    紳士はやや間をおいて
     「どうでしょう折角参ったのですから見せていただいているうちにはお帰りになるでしょう。戸が開いているのですからそう遠くへお出になったのではないでしょうから。」
    わしは「そうしますか。」といって紳士と共に中に入った。
     「ほう 沢山の土器ですな」と紳士。
    しばらく見ていると
     「あなたはこの近くの方ですか。この方面の研究をなさっているのですか。」
     「はい、この市の者です。発掘にも参加しました。その土器も私たちが発掘したものです。」
    と言って富士見町徳久利遺跡出土の土器をわしは指した。

     「この土器の文様には何か意味があるんですか。」
    と例の紳士は質問した。とっさにわしは
     「さあ…あるにはあるんでしょう。」と答えた。
     「そういうことは判っているんですか。」
     「わかっておりません。そのような研究書は私の知る限り一冊も出版されていないと思います。」
     「こんなに沢山ある土器の中で一つも判っていないんですか。」
    こう言いながら信じられないというふうに紳士は首をゆっくり左右に振った。
    わしは何とも答えられず、恥かしい気持で
     「はい」
    と小さな声で応じた。

     館の庭には小春日和に誘われてか、羽化したてのモンシロチョウが舞っていた。
    十分程して紳士もわしも入館料を机の上に置いて館を辞した。
    とうとう宮坂先生は見えられず、紳士はバス停へ、わしは車で蓼科方面に向かった。

     その夜わしはなかなか寝つけなかった。
    老紳士とのやりとりが頭から離れないのだ。

    わしは心に決めた。 

    「縄文土器の文様を解読しよう。」

    わしの人生は、この時に決まったようなものだ。
    | 考古学者 武居幸重 | 15:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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