SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
  • サイトポリシーというほどのものでもないですが。
    simasan (01/16)
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

08
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

縄文心象ブログ

探求者は荒野を目指す
<< 武居幸重に聞く(その2) | main |
なぜ土器がイラストなんですか?
0

    なぜ土器がイラストなんですか?


    書籍「縄文心象」の読者から先日このようなメールを頂きました。

    「なぜ武居幸重氏はご自分で土器の細密画をお描きになって研究結果をまとめられたのでしょうか? 新しい分野の研究であれば恣意性についてとやかく言う人間が多い筈です。写真を使う必然性もあったのではないかと素朴に疑問を感じるのですが...」

    そう感じている人は多いと思っていました。
    お答えしましょう。

    「縄文のデザイン」あとがきより


     この種の研究を行う場合、在野の研究者は極めて苦しい立場におかれている。出版社というスポンサーがついて、カメラマンが展開写真を撮影してくれて、仕上がった展開写真に解説をつけるというかたちで自己の論文を公にできるなどということはまずない。
     そのような好条件がもし私にあったならば少なくとも七年早く本書が出版できたことは確実である。
    展開写真の撮影をカメラマンの方に依頼しようと試みたが、とても私にとって払える撮影料ではなかった。
     止むなく自ら土器一点につき何十枚か分け撮りをし、それを細かく切ってはり合せて作った写真をもとに展開図を描いてゆく。点描法であるから一体何十万回点を打つ作業を繰返すのかつくづく根が尽きる作業ではある。
     自営業であってみれば撮影機材の購入費から車の燃費、作業を行う手間一分たりとも誰も購ってくれるわけではない。第一この分野の参考文献一冊あるわけではないからほとんど全部に近い部分が開拓である。
     まあ何とかして原稿が出来上っても、紙の購入費、印刷製本費を用意せねばならない。何百万円ということになる。作った本が売れる保証は何もない。
    このような悪条件の中で、なお自己を貫こうとした時、そのしわ寄せは 女房と子どもにゆくことになる。ある時は妻や子どもの眼に私は鬼と映ったであろうと悔恨の念を禁じ得ない。
     ついグチッぼくなったが、捨てる神あらば拾う神ありで、私は多くの友と師に恵まれていた。そして縄文のメッカ諏訪の地に生まれ住んでいたのである。

    ま 早い話が金がなかった。


     しかし武居幸重は自分で正確に土器文様を書き写す過程を通じて、数々の文様の細部にわたる特徴を頭に刻み込んだともいえるし、この土器をじっくり見るということがなかったら、中部地方を中心とした土器文様についてあれほど確信的に文様の意味原則をまとめることはなかったと思うのです。
     書籍「縄文心象」はB5版とややコンパクト。A4版の「縄文のデザイン」はイラストに重点が置かれた構成になっていて、紙質や色を含めて文様の意味を伝えようとする武居幸重の気迫がひしひしと伝わってきます。確かに幸重は鬼でした。でも苦労して出版しただけのことはありますな。
    | 考古学者 武居幸重 | 19:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    http://blog.joumon.jp/trackback/371059